元お天気お姉さんが教える!!走り梅雨とはどんな時期のこと?

季節

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    走り梅雨とはどんな意味の言葉?俳句でも使われている!

一人暮らしはとても楽しくて自由だ。

社会人になってようやく自分の城を手に入れた。

何よりも家族のものが自分の部屋に進出してきてこないことが嬉しい。

実家にいるときは母に任せきりにしていた、食事や掃除も案外、嫌いではないみたいで、

憧れの自分一人の部屋だと思うと苦にならずにやっている。

唯一嫌いな家事は洗濯。

洗濯機に入れて、最近はやりのフレグランス柔軟剤みたいなのに凝るところまでは良かった。

でも洗いあがった衣類を干す作業、取り込む作業、畳んでしまう作業はどれも絶望的に好きじゃない。

それでも、お天気のいい休日の朝にちゃんと目が覚めてベランダで干せればまだいい。

だいたい会社から帰ってきて、夜ぐったりしているところで、

今週のストッキングや下着、タオル、ブラウスがないことに気がつくのだ。

そしてよろよろになりながら洗濯機を回す。

ぐちゃぐちゃのまま取り出して、なんとかベランダに干す。

最低だとわかっているけど、着るタイミングで取り込む。と言う悪循環。

マットや、シーツなんてもっと悲惨だ。

ベランダの欄干に干しているから2、3日干していると、バットタイミングで雨に当たる。

そして洗い直し、の繰り返し。

 

一度洗ったものをもう一度やり直す時の敗北感といったら、

他に並ぶものはないかもしれない。

そこで私は、一念発起、と言うほどではないけれども天気予報をちゃんとみることにした。

ちゃんと、と言うのは天気予報は見てるのだ。それも毎日。

それとお洗濯がリンクしていないと言うこと。

週間のお天気をちゃんと見て、お洗濯する日を自分のスケジュールと合わせて考えればいい。

着るものがなくなってからではダメだ!と言うことに思い至った。

 

気をつけてみていると天気予報って案外面白いもので、

番組によってはお洗濯情報はもちろん、色々な角度からアドバイスをくれる。

お天気お兄さんやお姉さんも色々いてみているうちにファンになってしまったりもした。

 

そんなある日、元お天気お姉さんによる「季節の言葉特集」をやっていた。

「五月雨」は五月の雨ではありません、とかは聞いたことがあったけど、

耳慣れない言葉もあった。

「走り梅雨」だ。

「はしりつゆ」と読むらしい。

なんか、ハチマキを巻いた「梅雨」が運動場のトラックを走っているようなイメージをしてしまう。

でも私のお気に入りのお天気お姉さんによると、走り梅雨とは、

 

本格的な梅雨に入る前の悪い天気のことで、5月の中半ばから6月上旬に数日間、

天気のぐずつくことをいうのだそう。

「走り」は、「先駆け」という意味を持っていて、

梅雨入りには少し早い時期のぐずついた天気になった時に使うそう。

トラックを走っていると言うか、フライングしてしまったイメージなのね。

走り梅雨の後には、晴天が続いてその後に本格的な梅雨に入ります。

晴天が訪れず、走り梅雨が長引いてそのまま梅雨入りすることもあるのだとか。

「走り梅雨」を使った俳句も番組の中でいくつか紹介されていた。

「走り梅雨」は俳句の世界でも有名なもので、なんと季語は夏になる!

旧暦は今の感覚より1ヶ月後にずれるので、

6月ならば7月のイメージになるので当然といえば当然だけど、

梅雨なのに夏の季語というのはやっぱりちょっと変な感じ。

しかも、5月の半ばから梅雨入りまでの、短い期間にだけしか使えない季語でもある。

なかなかレアで、使いにくそうな季語だなぁとちょっと気になったので

いくつか別に調べてみた。

 

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   走り梅雨を季語に詠んだ俳句傑作選!!

そこで、「走り梅雨」を季語にした俳句の中からいいなぁと思ったものをピックアップしてみた。

一つ目が

走り梅雨ゆつくり歩いてみたくなる   伊藤多恵子

こういうシンプルなのが一番共感しやすいのは未熟な証拠なのかもしれないけど、

5月の爽やかな季節を堪能していたのに、急に天気がぐずついてきた。

緑が濡れて濃くなっていくのをぼんやり眺めていたら、

外に出て行って歩いてみたくなってしまう。というのはとてもよくわかる。

祖父の家が信州の小諸にあるのだけど、峠の中の緑がみるみる濡れていく様は

雨の憂鬱を超えて見とれてしまう。

 

二つ目が

頬杖の頬の冷たき走り梅雨   (作者不明)

これも頬杖をついて雨を眺めている少女が思い浮かぶような句だと思った。

窓辺で本を読んでいたのかもしれない。

ふと気がついたら雨が降っていて景色が変わっている。

それをぼんやり眺める少女の頬の冷たさ。

春のものでも、夏のものでもない束の間の冷たさを感じる。

一つ目二つ目共に、私は梅雨の美しさを感じた。

雨が降っているからこそ色が鮮やかになる感じ。

 

三つ目が

喪主となる甥まだ若し走り梅雨   山口たけし

これは、ちょっと悲しい歌。作者の兄弟のお葬式の場面なのだろう。

お葬式なのだから、晴れでも雨でも悲しいに決まっているけど

1年のうちのほんの一瞬しかない走り梅雨の中でのお葬式で

しかもまだ若い甥が気丈にしているところが悲しさを強調しているように感じた。

でも、私は自分のお葬式の日ならこんな日でもいいかなってちょっと思う。

 

最後に

走り梅雨気候の変化身に添はず   松尾緑富

これは私はまだ経験がないことだけど、きっとこれから年を取っていくと

色々あるのだろう。大人の事情が。

なんだか、雨が降り出して体のいろんなところが痛くなってくる未来の自分をちょっと想像してしまえる一句。

 

「走り梅雨」という言葉は調べてみるととても面白いものだった。

特に俳句は雨という言葉が入っているにも関わらず

返って色鮮やかさを感じさせるようなところが

とても気に入った。

とはいえ、やっぱり雨の日に洗濯日は当たりたくない。

知ったところで、洗濯物はぐずぐずと濡れていくのだ。

これからも熱心に天気予報を眺めようと思っている。

 

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